1、日時 08年1月26日(土)13:05-16:10
2、場所 法曹会館・2階会議室
3、出席 約110人
4、内容
交告尚史氏(東京大学教授)の司会で、以下の挨拶・報告が行われた。
(1)挨拶:園部逸夫(元最高裁判事)
① 行政法とは、「行政に対する統制」と「行政による統制」を扱う。
② 行政による正義の実現とは、「公共の福祉の実現」「公益の実現」である。
③ 「公益」とは何かを決めるのは、司法ではなく立法である。(第1次的判断権)
④ しかし、個人の人権保護にかかわる部分などは、司法が「行政の公益」についてかかわらなければならない。(第2次的判断権)
⑤ 従来、司法は行政の後追いをしていればよかったが、原告適格が拡大し司法が具体的な判断をすることが期待されるようになった。
⑥ 「行政事件訴訟法」改正(05年4月)による9条2項の追加は、一種の糠歓び的なところがあり、「行きはよいよい、帰りは怖い」で、一刀両断とはいかない。
司法による行政に対する統制について、本日は大いにご議論願いたい。
(2)報告:大久保規子(大阪大学大学院法学研究科教授)
「環境事件の司法アクセス権をめぐる国際動向」
①現在神戸に住み、昔中野坂上に住んでいた。緑の減少を感ずる。自治体によっては、森がなくなってきたので、道路のフラワー・ポットまでを緑にカウントするところまで出てきている。
②日本では、環境事件で原告適格が認められないケースが多い。外国では逆だ。皆さんが普通に考えていることが、海外では「法的に」認められている。
③地球サミット(1992年)とリオ宣言第10原則では、「環境問題の解決には、それぞれのレベルで、すべての市民の参加が必要である」ことが確認された。
④1998年には、オーフィス(デンマークの会議開催地名)条約が採択された。
オーフィス条約は、環境権を実効あるものとするために、■知る権利 ■政策決定に参加する権利 ■訴訟を提起する権利(司法アクセス権)を、NPOも含めすべての市民に保障する条約である。
2005年には、EUによる同条約批准が行われた。日本は、加盟していない。
⑤EU調査報告(07・9)によると、裁判所の負担過重(濫訴)は確認されていないし、環境団体の勝訴率は40-50%に達している。(オランダ・ベルギー・フランス50、ポルトガル46、イタリア44、イギリス39、ドイツ26%)
⑥同報告の各国の総合評価順位では、オーストリア・ドイツ・ハンガリー・マルタ・イギリスが低い。イギリスは、窓口は広いが弁護士費用が高いという理由で、その他の国は、オーフィス条約に適合していないとの評価である。
⑦デンマークは、環境審判制度が発達しているため、訴訟は少ない。
⑧アジア各国(タイ・インドネシア・インド・フィリピン)へも広がりをみせ、原告適格の拡大が見られる。日本の法制度の影響のある東アジア地区が遅れている。
⑨日本は、世界のレベルとだいぶ差がついてしまった。
(3)報告:桑原勇進(上智大学法学部教授)
「改正行訴法における抗告訴訟の原告適格をめぐる判例・学説の状況」
①改正前における判例・学説は、行訴法(行政事件訴訟法)9条の「法律上の利益」について、「法律上保護された利益」説と「法的保護に値する利益」説があった。
②改正行訴法9条2項(追加)の趣旨・意義は、「法律上保護された利益」説は維持されているが、四つの考慮事項を考慮するよう義務付けることにより「原告適格」が拡大変化した。
③「目的を共通にする法令」と「個別的利益と一般公益の区分の基準」については、未解決の問題として今後の判例・学説の展開に委ねられた。
④小田急高架化訴訟最高裁判決(平成17年12月)は、「法律上保護された利益」説にもとずき、都市計画法関連法令の趣旨・目的、利益の性質・内容を考慮して合理的に解釈した結果の判決である。その意味では、9条2項の全考慮要素を考慮した改正の趣旨に忠実な判断である。
⑤三井グラウンド車両制限令特例許可事件東京地裁判決(平成19年9月)は、一応9条2項の定める考慮要素の考慮という形式はととのえている。しかし、一般的公益にすぎないと決めつけてかかっている感があり、考慮要素を実質的に考慮したといえるか、疑念がある。
(4)報告:斉藤 驍(弁護士)
「小田急大法廷判決と実務の現況」
①小田急大法廷判決は、沿線周辺20万人の原告適格を、最高裁の全裁判官が認めたものである。
②「「法律上の利益」の判断について従来の判例が採用してきた公式の再検討が必要であるが、とりあえず今回は留保する」とする町田長官の補足意見は含蓄深いものである。
③都市計画法という実体法の解釈の転換により、平成11年の最高裁判決(環状6号線訴訟判決)を否定した点で、従来の枠組みを大きく越えたものである。この点は、桑原氏の意見を補足する。
④この判決は、公共の福祉は基本的人権に内在するものであるとの判例(全逓中郵判決等)の再確認をするものである。
⑤公益・私益二元論の克服の始まりである。私益(個別的利益)と公益は民主社会では繋がっている。戦前のような、市民生活の上に「公共の安寧」(公共利益)があるという発想ではない。
⑥原告適格の拡大は、従前の公式に対する疑義をはらみつつ、都市計画法の解釈の大転換によりなされた。
⑦平成19年9月の杉原裁判官の決定(東京地裁民事38部・三井グランド車両認定取消執行停止申立て事件)は、道路法の保護法益は公益だけであると断じ、周辺住民の私益は「反射的利益」に過ぎないとして原告適格を全面的に否定した。
平成11年判決への回帰である。小田急大法廷判決に行政の上席調査官として関与した杉原氏は、今、東京地裁・行政部とその背後にある現最高裁の考え方・逆流の象徴として現れている。町田長官の補足意見の意味を再度かみしめる必要がある。
(5)まとめ:小早川光郎(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
① 本日の課題は、行政事件訴訟法、小田急大法廷判決をうけて展開されている東京地裁等の実務の現状を直視しつつ、土地利用の社会的在り方をどう考えるべきか。行政が適切な調整を行っていないときに、自分の利益として住民はなにを主張できるか。それは公共の利益といかなる関係に立つかという問題であった。
② 学者と実務家は、対象に対する距離や方法が違うので、判決の分析等で若干の相違が見られるが、基本的評価が変わるものではない。それに、一言付け加えるならば、日本の司法に細かな理屈が多く、実質を見ない傾向がある。
③ 裁判官は、急には変わらない。本日お集りの訴訟原告の方も含めて、実際の事件にかかわった皆さんが、日本の司法を健全なものにして行くのである。
以上